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山田稔明さんインタビュー その2 [book]


『猫と五つ目の季節』著者、山田稔明さんインタビューの続きです。執筆の過程だけではななく、山田さんの音楽活動の変遷や、猫が自身の音楽に与えた影響など、たくさんの興味深い話をしてくれました。

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ー書き出す前、ポチとの約13年間の間に起きた事柄をざっと書き出したものを送ってくれましたよね。

山田 最初に時系列を整理していこうと思って、これまで書いてきたメモ書きやブログを元にまとめました。今回の小説の2/3くらいまではそれを下書きにして、物語として清書していきました。1日1500文字と決めて、6月から9月までの3ヶ月間、平日のほぼ毎日、規則正しく書いていったのですが、全く辛くなかったですね。朝起きてコーヒーを飲みながら毎日ブログを書くのがあたり前になっているのですが、ブログの前に原稿を書くことが習慣になりました。小説の原稿を書き出してみて、文章を書くのが全く苦ではないことが自分自身で改めてわかりました。

ー平日は毎日1500文字ずつ山田さんから原稿が送られてくるのですが、早い時には午前9時前にはメールが届くこともありました。毎日、原稿が届くのが楽しみで仕方がありませんでした。でも、後半の山場に進むに従って、次第に原稿が来る時間も遅くなっていきましたが、やはり辛い場面では筆が進まなかったのでしょうか。

山田 14年前からどんどん時系列に書き進めて、後半の去年春から初夏、ポチを看病していた頃に差しかかってくると、やはりその時のことを思い出してしまい……。そのあたりは書いていてとても辛くて、泣きながら書いていました。1500文字を書くのに何度も書き直しをして、早朝から書き始めて終わるのが夕方もう暗くなる頃という日も後半に行くにしたがって多くなりました。物語が進むにつれて書くペースはどんどん乗ってきたのですが、苦しいシーンではどうしても筆が止まってしまうことも多かったですね。
感情的に書くと読者には上手く伝わらないと思ったから、どうやってその時の気持ちを伝えようかと苦心しました。でもそれは、ポチを看病していた時と全く同じ感覚で。落ち込んでいてはポチの面倒を看られないから、自分はしっかりしないとダメだ、と思ったことを思い出していました。冷静になってちゃんと書かないとダメだ、と自分を鼓舞しながら執筆していました。

ー前半、山田さんがバンドでメジャーデビューしてから、ヒットがでなくて苦しむところなど、ここまで赤裸々に書いていいのかと思うほど開けっ広げで書いていますね。

山田 最初、主人公の名前は本名とは違う方がいいと思って架空の名前にしていたのですが、それがどうもしっくりこなくて。やはり自分の物語だから山田にした方がいいと、主人公を「山田」という姓にしたら、どんどん調子が出てきました。
これまで、デビューしてからの約2年間にあったあれこれをここまで語ったことはなかったのですが、主人公の名前を山田にしたことで、これは自分の半生を書いた私小説なのだから、そこも包み隠さずに書こうと思ったのかもしれません。
確かに音楽をやっている人や、その当時から僕の音楽を聴いていた人がこの場面を読んだら生々しいと思うだろうなとは予想できたのですが、そこが面白いと思ったのです。先にバンドメンバーに読んでもらったのですが、予想通りの反応でした。当時から僕のことを知っている音楽ライターの方には、このあたりのミュージシャンの裏側を赤裸裸に描いた小説をぜひ読んでみたいと言われました。

ー山田さんがバンドでデビューした頃からCDがどんどん売れなくなっていって、ミュージシャンの音楽活動のスタイルも急激に変わっていった時期ですよね。小説の中でも、音楽家としての活動スタイルの変化も随所に描写されていて、それも読んでいてとても興味深いところでした。

山田 音楽で生きて行くためのノウハウを書いているわけではないけれど、音楽業界の荒波に飲まれながら、今のスタイルにたどり着くまでのことも包み隠さず事実そのままに書いています。自分は見栄張りなところもあるので、当時バイトもしながらバンド活動をしていたことは見せないようにしていました。その生活を変えて、どうやったら音楽だけでやっていけるのが、葛藤しながらその方法を模索していた頃でした。ちょうどそれがポチと一緒に暮らすようになった時期と重なっていたので、そのあたりの話を自然の流れで書くことができました。

ー音楽家として生きていくために格闘する主人公の姿と、ポチとの暮らしで起きる様々な出来事がリンクしていく流れが、全て事実とはいえ本当に見事で。ポチはいなかったら、山田さんの音楽家としての今は絶対になかったのだろうなと思いました。

山田 何も歌うことがなくて、全く曲ができない時期もあったのですが、そんな時でもポチがいたから曲を作ることができました。自由で美しいその姿を通していろんな想像をかき立てられたり、ポチの視点から日々を描くことで生まれた曲もたくさんあります。

ー山田さんの曲は猫がたくさん出てくるのですが、あくまで猫は1つのモチーフであって、猫のことだけを描いているのではなく、そこからいろんな想像が広がっていく曲だと思うんです。今回も小説も全くそれと同じで、猫はあくまでひとつの象徴で、読む人によって猫を自分の大切ないろんなものに置き換えながら読むことができるなと思いました

山田 うちは今も猫がいて猫中心で暮らしているけれど、確かに、この小説は読む人によって猫を他の大切な人やものに換えて読んでもらえる話だと思います。

ー山田さんに起きた事実をそのまま書いた私小説ですが、山田さん以外の登場人物も、実在する人物なのでしょうか。

山田 それぞれモデルになった人がいます。でも主人公の僕自身以外は、そのままずばりその人というわけではなく、1人の登場人物に複数の実在の人物のキャラクターを入れ込んでいます。だから、登場人物の性格や言葉遣いも完璧にでき上がった状態で書き始めることができました。
物語を創作した感覚はないのですが、小説を書いた感覚はすごくあるんです。三毛猫のポチを中心に、それに関わる物語を、自分を含めて実在の人物をイメージしながら丁寧に描いていきました。だから、この本は僕が書いた物語というよりも、「猫が僕に書かせた物語」という表現がしっくりくるように思います。

ー登場人物の話でひとつ思い出したのですが、この物語には悪い人間がひとりも出てこないですね。

山田 嫌いな人を登場させる隙がどこにもなかったのかもしれません。そういえば、怒っている場面はひとつもないですね。僕は普段も怒ると悲しくなってしまうので、その感情がそのまま物語にも反映されたのかも。言われて今初めてそのことに気がつきました。

つづく


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