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『蝶の粉』が生まれるまで [book]

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蝶の粉が生まれるまで      

藤原康二(ミルブックス主宰/編集担当)

 

 浜島直子さんと絵本を制作している最中、「先月からエッセイの連載が始まったので、読んでみてください」と1冊の雑誌を渡された。絵本作りを通して、独自の視点で物語を描ける方だということは知っていたので、きっとエッセイも面白いだろうなと思ったが、おそらく自身のライフスタイルや愛用品、ファッションについて綴られているのだろうと想像した。

 しかし、私の予想は大きく間違っていた。そこに描かれていたのは心の奥底に隠し持っていたであろう、青春期の苦悩の数々であった。それが繊細で美しく、優しく瑞々しい筆致で描かれていたのである。笑顔の浜島さんしか知らなかった私にとって、それは衝撃であった。それと同時に、もっと彼女の紡ぎ出す言葉を読みたいと思った。

 それから、その連載がとても楽しみになった。私とは全く違う場所、環境で暮らして来た彼女の幼少期、青春期の家族との物語、そして彼女が紡ぐ言葉に毎回のように共感した。そして、心の奥底で眠っていた様々な記憶が鮮明に蘇り、まるで自分の物語であるかと錯覚さえすることもあった。

 3年ほど連載が続いていたが、雑誌が休刊されることになり、浜島さんのエッセイも終了することとなった。いつか1冊の本になって読める日が来ることを楽しみにしていたが、その時点ではまだ1冊の本にするには十分な文量ではなかった。何とか浜島さんの文章を本として世に出す方法はないかと思った瞬間、私は「エッセイを書き足して、出したい」と浜島さんに連絡していた。その話を聞いた浜島さんはその提案を快諾してくれたが、次の瞬間、驚くべき言葉が返ってきた。

「連載の時は文字数など、色々な制限があったし、今読み返すと気持ちが変わっていて、本には載せたくないものものあるの。だから、文字数の制限をなくして、もう一度ゼロから全て書きたいんです」

 私も連載を読んでいて、本当はもっと言いたいことがあるのだろうけれど、文字数の都合上、かなり端折って描いている内容もあってもったいないなと思っていた。浜島さんの申し出を二つ返事で受け入れたが、そうなるとすぐに発売という訳にはいかない。

 まとめて書くのが大変だろうからと毎月締め切りを決めて、月に1つ書き下ろしてもらうことになった。それから毎月25日に、1作品ずつ私のところに浜島さんから文章が届くことになった。

 前述のように、雑誌連載の時には文字数の制限があったが、これからは自由に書いていいとなったことで、浜島さんの表現は驚くほど豊かになっていた。最初に届いた1作は、雑誌連載時のものをベースにしながら書いたものであったが、文字数の都合で表現できなかった浜島さんの繊細な〈心のひだ〉が加わったことで、何倍も心を揺さぶられる、全く違う物語となっていた。

 いつしか、私は毎月25日が楽しみになっていた。今月はどんな世界を届けてくれるのだろうと、ワクワクしながら待つようになった。もちろん編集者という立場である以上、的確な修正をしないといけないのだが、浜島さんは1つコツみたいなものを伝えると、それを10以上理解し、自分の中で咀嚼していった。最初から素晴らしい文章であったが、書き進めるうちに目に見えて表現力が格段に成長していくことにも驚かされた。途中からは、誤植を直すくらいしか私の仕事はなくなっていた。

 モデルやタレントとしての仕事、子育てと忙しい中、浜島さんは毎月期限を守って(今月は無理ごめんなさいということはたった一度だけ)文章を書き上げてくれた。そうして、2年間近くに渡り書き綴ってくれた18編が完成し、1冊の随筆集として本の形にすることができたのだった。

 あらためて全文を読み直して、私が思い出した本がある。向田邦子さんの『父の詫び状』である。向田さんの幼少期を中心に、家族とのささやかだけれど大切な暮らしが綴られた名随筆である。亡き父に宛てた長い手紙のようでもあり、随筆であるがゆえに心の奥底にある核となる部分がむき出しになった私小説でもあると私は思っている。

 浜島直子さんの『蝶の粉』はまさに、それであると思う。浜島さんが家族に宛てた長いラブレターであり、全てをさらけ出した私小説であると思う。家族との何気無い日常を描きながらも、人として一番大切なことを丁寧に紡いでいったその言葉のひとつひとつに、私は心を揺さぶられた。

 テレビや雑誌での顔しか知らない人にとっては、この随筆集に驚くかもしれないが、読み始めてしばらくすると、知らず知らず浜島直子の描く世界の一員となることだろう。そして、心の奥に眠っていた様々な感情が、自身の思い出とともに蘇ってくるはずである。


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